【うめよんハリウッド進出事件】
(もしもあの作品にこんな 裏話.があったなら!?)

使用上の注意

この項に書いてある事柄はあくまでフィクションです。
当団は,この内容を真に受け配給元やスタッフ等へ問合せをすることを固く禁止しております。



めよんは1993年に極東の都市TOKYOでその産声を静かにあげました。結成後しばらくはその活動内容は秘密とされてきました。しかし21世紀まで5年となった1995年,当団主宰者であったFはある決断をします。「我が団の活動を地下に潜らせていたままでは事態は一向に改善されない。なにか効果的な方法で活動をアピールすることはできないだろうか」と。

こで彼らの目にとまったのが「インターネット」,ちょうどHTTPプロトコルが確立しMosaicなどのプログラムによってWorld Wide Webの実体があらわれはじめていた頃でした。彼らはアメリカの某サイトのスペースを借り,活動内容を紹介する小さなサイトを構築しました。これがうめよんが世に出た最初の出来事です。

も,当時の風潮では当団の活動は世の中に受け入れられませんでした。なぜなら,そのころクラシック(金管楽器/ホルン)界では「フレンチホルン原理主義」が勢力を誇っており,彼らにとって都合の悪い過去は全て抹殺されようとしていたのです。この巨大勢力に対してヴァーチャルな世界でゲリラ的活動を開始したのがうめよんだったというわけです。そんなある日,当団のメールボックスに1通の手紙が舞い込んできました。差出人の名はなんと

でにハリウッドで名声を欲しいままにしていたKCその人だったのです!当団メンバーの驚きようといったらテキスト化することすらも憚られるものでした。メンバーの拙い英語力で読解するところによると,彼自らが監督/主演する次回作の世界観が当団のそれに似ているとのこと。彼によって示された原作本やプロットを読んでみると確かに根底に流れているものは同じだと感じました。ほどなく意気投合した我々は,彼の思いと当団の思いをぶつけあうようになり,彼やスタッフ達とメールによる意見交換を多数行うようになりました。

うやく完成した3時間を超える大作「P-」(←規制コードの擬音)は1997年度の「金木苺賞」の部門賞を多数受賞し,翌年日本でも公開されました。Fは大学の卒業式後に映画館へ足を運び,その出来に涙したことは言うまでもありません。現在はビデオレンタルやDVDでこの作品を鑑賞することができます。KCだけでなくうめよんの思いまで渦巻いているというこの作品,作中のメタファーに注目するとともに,こんなバックグラウンドがあったことも頭の片隅に置きながらぜひ一度御覧になってみてください。もしかしたら長大なスタッフロールの中に我々の名前を見つけることができるかもしれませんよ!?

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